まんまる猫

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「〜にもかかわらず」という視点

 先日見ていたテレビで、「百姓モデル」という生き方を選択した樅木英介さんのことを取り上げていました。

 若い頃に海外を舞台にモデルとして活躍した彼は、現在故郷の熊本で農薬を使わない農業に従事しています。モデルという華やかな舞台で生きてきた彼が、百姓兼モデルとして後半の人生を生きるという選択をしたことはずいぶん思い切ったことだなぁ〜と思いましたよ。今後は百姓をしながらモデルとして海外に再チャレンジしていくそうです。

 

 樅木さんは、モデルという仕事の光と影を経験し、故郷で生きる決意をしてからも葛藤の多い日々を送ったようですが、熊本地震の後、実家の片付けをしていた時に、昔自分がよく読んでいた本を見つけ、赤線が引かれてあった言葉を見てハッとしたそうです。

 それは、「にもかかわらず」という言葉・・・。

 それを見た彼は、「〜にもかかわらず、という言葉の後にポジティブな可能性が潜んでいる」ということに気づき、鬱々とした自分の現在に光を見いだすことができたようです。

 

 確かにそうかも・・・。「私は裏切られた」「今私に寄り添ってくれる人はいない」「何をやってもうまくいかない」etcというネガティブなアレコレの後に、「にもかかわらず、私は〜」とあえてポジティブな言葉を自分で加えていく、という視点・・・。

 

 苦しい時には誰かに解決して欲しいと願うわけですが、実際には、自分を救うのは自身の内にある何かなのかもしれません。彼の場合は、若い頃に何度も読んでいた本の中の「にもかかわらず」という言葉だったんですね・・・。

 自身の再生のきっかけがどこに潜んでいるか、それは人それぞれだと思いますが、「にもかかわらず」という視点には、なるほどなぁ〜と思ったわけで・・・。

 

 

<余談>

 「百姓」という言葉は昔は「何でも出来る人」という意味をもっていた、というのをこの番組で知りましたよ。これも「なるほど」だな・・・。

 ところで、今回のブログは、喉をゴロゴロ鳴らしながらパソコンのそばに来たミーと一緒に書きました。下記がミーの文です。

897うっっっっっじゅい

 ・・・意味不明。

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