まんまる猫

飼っている猫のこと、ココロの話、癒しの話、etc
<< April 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

アクティブシニア期

 超高齢社会の現代は老後が長い・・・。大正時代の頃の平均寿命は40くらいだった、という話を聞いたことがありますが、今はその倍以上です。

 

 ところで、50代以降の時期は、「退職準備期」→「アクティブシニア期」→「終活期」という流れになるようです。

 中年期に入ると、我が子の思春期にあたふたしたり、仕事面での苦労があったり、親の介護問題が浮上したりetcと、慌ただしい日々になるわけですが、・・・たまにはこの3つの段階を参考にして自分の後半の人生の過ごし方を考えてみるのもいいかもしれません。

 

 特に、それまでの仕事人生にひと段落つけた後の、まだ体力気力がある「アクティブシニア期」をどんな風に過ごしていきたいのか自分なりのイメージを思い描いておくのは大事なんじゃないかなぁ〜。

 初めはそのイメージが夢のようなものだったとしても、何度も考えているうちに少しずつ現実的な形になっていくはず・・・。そうなれたらいいよね。

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

頑張り

 新年度が始まって2週間目が過ぎようとしています。先週はバタバタしたような忙しさの中で過ごしていたと思いますが、今週は少し落ち着いてきた感じでしょうか。

 

 新しい職場、新しい学校等、今までとは違う環境に適応していくのはけっこう大変なことですよね。だから知らず知らずのうちに自分のキャパを越えて頑張ってしまいます。

 まぁそういう怒濤の日々の中で、出来なかったことが少しずつやれてきたり、仲間とも関係が築かれたりするので、自分的には「お、良い感じ!」とテンションが上がっていくでしょう。でもね、こういう時こそ「オフ」の時間をちゃんと確保しましょう。

 ものすごく頑張っている時には、自分の疲れに気づかないでいることがあるんですよね。だから、ひと山越えるとドッと疲労感が出たり、頑張っている途中でガクッとエネルギーが無くなったり・・・。

 

 「全力で頑張る」というのは悪いことではありませんが、オンとオフの切り替えやエネルギー配分を考えることは大事だと思うんです。

 

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

焦らなくていい

 月曜日から「新年度」がスタートして、今日は週の最終日・・・。「新年度」特有の忙しさの中で走り抜けてきた1週間でしたよね。

 それぞれの職場では、配属メンバーが入れ替われば従来の仕事を新しく来た人に説明しながら進めなきゃならないし、新たに配属された人は色々なことを必死に覚えていかなきゃないし、・・・目が回るほどの忙しさだったのではないでしょうか。・・・理想を言えば、1日が木曜あたりで、数日頑張ったところで週末にひと息つく、ってのがいいんだけど今年は違うからねぇ・・・。

 

 私も転勤を何度も経験してきましたが、新しい職場に慣れるまでは大変だったなぁ〜。とにかく「早く慣れる」ってことにエネルギーを注いでいたから、帰宅すると身も心もヘロヘロになっていました。チョー些細なこと(新しい職場の印刷機の使い方が分からない等)さえもストレスになったりしてね・・・。聞けばいいのに何か遠慮しちまって・・・。

 

 ところで、脳が新しい習慣を取り込むには大体2〜3週間かかるそうです。・・・ってことは、それくらい経てば慣れるってこと。

   新年度が始まったばかりの今、もし出来ないことがあったとしても、それは当たり前。必要以上に焦ることはないと私は思います。

 

 この数日間の失敗は自分の本来の力量ではありません。脳が以前のパターンから新しいものへと切り替えていく作業をしている途中の段階で起こったことなんです。だから、焦って自分を責め過ぎないで・・・。

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

心のバランス

 自分を責め続けて心が疲弊してしまう方はずいぶん多いように思います。その方々のお話を伺っていると、うまくいかないアレコレがその方のせいではないのに、「自分の頑張りが足りない」とか「自分が弱いから」etcと考えて落ち込み、苦しんでいるんですよね・・・。

 

 自己否定に向かうような考え方の癖が強い、ということもあるかもしれませんが、それだけではなく、自分の内にある「ワイルドネス(野生性)」をうまく発散できていない、ってことも背景にあるような気がします。

 

 誰にでも、優しさがあるように攻撃性もあると私は思います。一人の人間の心の中にはポジティブな感情もネガティブな感情も両方が混じっているんだよね。それらのバランスをうまく取る、ってことは大事・・・。だから、色々な感情を上手に表に出して日の光に当ててあげるのがいいんじゃないかなぁ〜。

 

 怒りを感じてもそれを無理に押し殺してばかりいると、外に出るはずの攻撃性が行き場を失い自分自身に向かっていくかも・・・。それが「必要以上に自分を責める」っていうパターンになるかもしれないんです。・・・ただし、外に出そうとして他人をやたらと攻撃しまくるのは、それはそれで別の問題が生じますから、害にならないような発散法を工夫する必要があるよね。。

 

 いつも穏やかな人の内にも「ワイルドネス」はあります。それをうまく発散するには、野生動物のように走ったり吠えたりすればいいわけですが、それをヒントにするなら、適度に身体を動かすことや、カラオケ等で大きな声を出すこと等がいいかもしれませんよ。

 

 

<余談>

 ブログを書きながら、私もそれを心がけなきゃならんなぁ〜と思いましたよ。

 以前、ちょこっとチャレンジしていた「一人カラオケ」を再開しよっかな・・・?運動が嫌いな私のワイルドネスの発散としては、大声を出すってのはよいかもしれぬ。・・・さて、どこに行こうかな??

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

牢獄

 哲学者のジェームズ・アレンという人が「悪意、皮肉、疑い、妬みに満ちた思いを抱き続けることは、自らつくり上げた牢獄に、自らを閉じ込めるようなもの」という言葉を残しています。・・・なるほどねぇ〜と思いました。

 

 私たちは幸せな人生を送りたい!と願っていますが、その幸せというのが他者と比べて自分の方が○○!的な視点だとすれば、たぶんそれはいつまで経っても実現しないかも・・・。それどころか、比べることで自己否定感が刺激されたり、妬みを抱いて相手への悪意すら感じたりするでしょう。

 こういうネガティブな感情というのは交感神経を刺激し続けるので、心は常にピリピリして休まることはありません。しかも、そういう日々を送っていると、眼差しや表情だって険しいものに変わっていくでしょう。

 

 それはまさにジェームズさんの言う「牢獄」・・・、自分の心が作り出した光の届かない狭い空間で生き続けることになるんじゃないかなぁ・・・。

 たった一度しかない貴重な人生を、悪意や疑いや妬みの感情だけで生きていくのは苦しいし、実にもったいない・・・。

 私はね、この「牢獄」の鍵は内側に付いていると思うんです。開けようと思えば、自分でちゃんと開けられる・・・。それがいつか、ってことだよね。

 

 ちなみに、ジェームズさんは「他人の長所を見いだそうとすること」という言葉を後の部分に付け加えています。これは簡単にはできないことだけど、自分と他人を比べるなら、単なる「違い」としてだけ捉えればいいし、つき合う時はその人の良い部分をみてつき合うように心がければいいのかもしれませんね。

 私もやっていこうと思います。

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

アニバーサリー反応

 明日は3月11日・・・。8年が過ぎますが、あの日の色々なことはこれからも忘れることがないですよね。

 いつものように始まった朝と、そして昼だったのに・・・、その後経験したことのない大きな揺れが起こった瞬間から、今までの日常がもぎ取られてしまいました。

 

 心に大きな打撃を受けると「その日」が近づくにつれて不安定になります。これはそういう経験をした人にはよくある反応・・・。心がザワついて、根拠のない不安や怒りに似た感情を自分でもコントロールできなくなる・・・。

 自然災害だけに限ったことではありません。事件や事故、大事な誰かを喪ったこと、さらに対人関係での大きな打撃etc・・・。これらはそう簡単には整理できない体験です。

 それでも、前に進もうとするなら、過去の傷に影響を受けている「今」を変えていくことが大事だと私は思います。それは、「今ここは安全だ」と何度も何度も自分に言い聞かせること・・・。過去と現在とは、自分を取り巻いている状況が違うはずなので、そこをしっかり考えること・・・。そうやって、支えてくれる人と一緒に少しずつ進んでいけるといいなぁと思います。

 

 それからね、大切な誰かを喪った場合は、生き残った自分が罪悪感のようなものを感じて苦しむことがあります。「何かやれることがあったんじゃないか?」「もし、あの時〜していたなら・・・」「自分のような者が生きていていいのか?」etcという思いが湧き上がり、七転八倒の苦しみにあえぐことがあります。・・・でも、本当は苦しまなくてもいいのに・・・。

 そういう場合には、誰かに気持ちを黙って聞いてもらうのがいいと思います。吐き出したい思いが溜っている場合は、アドバイスをもらうのではなく、ただただ聞いてもらうことが一番だと・・・。

 

 

<余談>

 あの日、かけがえのない生命を突然奪われてしまったたくさんの方々のご冥福をお祈りいたします。そして、傷を受けながらも「その後」の日々を必死に生き延びようとしている方々のことを心に留めながら共に歩んでいきたいと思います。

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

嫌われたくない

 自分がどう思われているかが過剰に気になる思春期少年少女たちは、周囲から「嫌われたくない」ために、言動にチョー気を遣ったり、キャラ設定をしたりと、人間関係にかなりのエネルギーを費やしています。現代では、SNSも普及しているので、目の前の姿がその人の本心なのか疑心暗鬼になってしまうことも・・・。そして「嫌われたくない」思いが強すぎて、どうしていいのか分からなくなってしまうようです。

 

 おばはんと呼ばれる年まで生きてきた私が思うのは、「みんなに好かれる」ってことは現実的にはあり得ない、ってこと・・・。

だって、昔から「十人十色」という言葉があるわけだから、人それぞれに主義主張の違いや価値観の相違や、・・・相性っていうのもあるからねぇ〜。・・・これはどうにも仕方がない・・・。

 自分にも苦手な人がいるように、自分のことを苦手だと感じる人もいるのが当たり前だもんね。

 

 だから、「嫌われないように努力はするけど、・・・でも願い通りにならない場合もある」という現実を頭に置いておく、ってのが大事なんじゃないかなぁ。

 でもね、思春期少年少女たちにこの視点をちょこっと示しても納得できないようで・・・。まぁ、その心境はわかる・・・。

 

 

<余談>

 少し前まで天空から聞こえていた白鳥たちの声がなくなりました。シベリアに向けて出発したんだね。・・・何だか寂しいよ。

 春は別れの季節でもあるんだなぁ〜としみじみ感じます。

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

グレーゾーン 2

 「二分割思考」に限りませんが、考え方の癖というのは生まれつきのものではありません。育ってくる中で、周囲の大人たちの影響を受けて身につけたもの・・・。なので、変えることが出来ます。・・・ただし、それには「自分を変える!!」っていう強い決意と覚悟が必要なんだけどね。

 

 変える!と決めたら、まず自分の二分割思考がどれほど強いかを自分の言動を振り返ってみるのがいいでしょう。そして、やっぱ強いなぁ〜と思ったら、「自分はそういうタイプなんだな」と静かに自覚するのが第一歩・・・。

 それからね、「変わるには時間がかかる」ということもちゃんと覚悟することが大事です。だって、その覚悟がないといつもの癖が出て「全然変わらないじゃん!・・・もういい!」となってしまうかも・・・。数十年間それでやって来たわけだから、短時間にそれが消えるわけはないからねぇ〜。

 

 自分の癖を自覚し、覚悟を決めたら、[日々の中に起こるちょっとしたグレーな状態を「不快だなぁ〜」と思いながらも、結論を少し保留して、今後事態がどう展開していくのか様子をみていく]っていうエクササイズを、無理のない程度にやっていけばいいんじゃないかなぁ・・・。その際には、いつもよりゆっくり動こうとしている自分をほめることも忘れずに!

 何度かに1回くらいは、保留して様子をみたことで「おっ、案外いいじゃん!」という経験に出会えるかも・・・。それを積み重ねていけば、「焦って結論を出さなくても大丈夫な場合がある」ってことが分かってくると思いますよ。・・・そうなれるといいよね。

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

グレーゾーン 1

 「二分割思考」と呼ばれる考え方の癖があります。これは、白黒をはっきり付けないと落ち着かないんだよ!、っていう感じの考え方かな・・・。

 二分割思考は、決断が必要な場面では大変重宝する癖ですが、色々なことが起こる&答えがはっきり見えないことが多い人生の中では案外ストレスの元になってしまうかも・・・。だって、この癖が強いとグレーゾーン状態に対して常にイライラしたり焦ったりしてしまうからねぇ。

 

 私たちの暮らしに起こる出来事すべてに白黒を付けて、きれいさっぱり片付けていけるとは限りません。人生というのはモヤモヤが多いものなんです。

 その最たるものは人間関係・・・。複雑に入り組んでいますからなぁ〜。それに、見解の違いが単なる勘違い的なきっかけで起こり十分に修正可能な場合だってありますよね。だから、その場でゴミを捨てるように「はい終わり!」っていうわけにはいかない・・・。早々出した結論のせいで、返って苦しくなることもあるだろうし・・・。

 

 二分割思考は、決断する時にはプラスに働くので必要なものですが、常にそれに支配されていると自分でストレスを作ってしまうかもしれません。それが心身の不調を招くとしたら大変です。

 ちょうど良い感じのバランスを保つことが出来たらいいですよね。

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark

生き方

 「死んだ後に残るものは、その人が集めたものではなく与えたものだ」というような言葉があります。シャンデリとかいう人だったかな??

 

 どう生きるか?を考える時にこの言葉は参考になるんだよなぁ〜。

 私は、「与える」というのは、「物」ではなく精神的な意味というか、人との関わり方etcという意味で受け止めています。そして、上から目線の「与える」ではなく、その人の生きる姿から誰かが何かを得る――その人はそのことを知らないけれど・・・、そんな感じ。

 

 歴史的にみても、偉大な誰かの精神が時代を超えて受け継がれていくのはよくあることですが、庶民レベルでもそういうことはたくさんあるんじゃないかなぁ〜。

 

 私利私欲のままに色々な何かを集める生き方よりも、誰かに何かを与えられるような生き方ができたらいいよね。

 

 私たち人間は、人生にその都度起こるアレコレに大騒ぎしながら数十年という時間を生きていきます。100年を越えて生きる人もいますが、それにしても大いなる宇宙や地球規模の時間の流れに比べればあっという間のこと・・・。

 その短い時間の中で、誰かの心に「あの人に会えてよかった」と温かく残れるような生き方をしていきたいもんですなぁ〜。

ココロの話 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark