まんまる猫

飼っている猫のこと、ココロの話、癒しの話、etc
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まず「知ろうとする」こと

 私には後悔してもしきれないエピソードがあります。それはLGBTの当事者のこと・・・。

 

 もう数十年も前のことですが、私が若い頃に親しくなった女性がいました。彼女とはボランティア活動を通して知り合い、家に遊び行く程の関係性を築いたんです。

 しばらく経ったある日、彼女は私に自分がレズビアンであることを打ち明け、恋人である女性がいることを話してくれました。

 打ち明けられた私は困惑しました・・・。彼女を嫌いにはならなかったけど、どう対処すればいいか分からなかったんです。・・・それからまもなく私は仕事の転勤でその地を離れ、そのまま現在に至っています。

 

 今でも私は、自分が彼女に対して行った失礼な態度を思うと「ワァ〜ッ!」叫びたくなる衝動に駆られるんですよ・・・。彼女は私を信じ勇気を出してカミングアウトしたはず・・・。葛藤し、躊躇を繰り返した末での告白だったと思います。・・・その気持ちを考えると本当に本当に心が痛みます。

 

 現代になって、やっとLGBTへの理解が進み始め、光が少し差し込むようになってきましたが、当時はそうではありませんでした。困惑することしかできなかった愚かな私がそれ・・・。

 悪意がないとしても「無理解」であることは残酷な結果を生むと思います。私たちは、まず理解することから始めなければなりません。LGBTに限らず、関心を持ち知ろうとすべきことはたくさんあるはず・・・。

 

 長い後悔の年月を経て考えるのは、彼女の必死な思いを踏みにじった過去の事実は変わらないけれど、自らの残酷さを自覚したことで、彼女によって変容させてもらえた現在の自分がいるのではないか、ということ・・・。

 だから、彼女への贖罪は、今後私が出会う多様な方々を自然体で受け止められる心の器を広くするために精進を重ねていくことだと思っています。

 

<余談>

 ・・・思うんだけど、当事者の周囲にいる人たちも「無理解」であったことで葛藤することもある・・・。だからこそ、色々なことに対して知ろうとし考えていく人々が少しでも増えていく世の中にしないとね。

 

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やんちゃな少年から教わったこと 

 昔々の担任時代に、やんちゃな少年と仲良くなった頃、「へぇ〜そう思うんだ・・・」と感じたことがありました。

 彼と世間話をしていた中で出た「俺は一度言ったことはぜってぇ変えねぇ!」っていうひと言・・・。たとえ、言ったことがウソだったり間違ったと感じたりしても、言った言葉は意地でも修正しないようで・・・。

 今ならその気持ちを受け止められますが、当時は「そりゃダメでしょう」という風にしか感じられなかったんだよね。なので、まぁ言葉を選びながら諭そうとしたんですが、「うぜぇ」で強制終了になりました。せっかく彼が開け始めてくれた扉を私が閉めちまったんですなぁ〜。

 

 幼い頃から、自分を拒否されたり無視されたりetcして育つと、人を信じる心が育たないので、他人の気持ちや言葉を受け入れるのが難しくなります。これは当然だよね・・・。

 逆に、ありのままの自分を大事にされて育つと、人への信頼感が心に根付いていくので、失敗して注意されれば「ごめんなさい」が素直に言えるし、間違いを指摘されればそれを修正できるようになります。

 赤ちゃんが大人へと成長するプロセスで、一番最初に必要なのは「受け入れてもらう体験」で、その次に「ルールを守る」訓練に入っていくんです。この順番はすごく大事だと思います。

 

 怒られ続けている子は、思春期になると、怒られた時の対処法はプロ級・・・。

 ウソや間違いだと分かっていても、意固地になってそれを貫くしかないのは、ダメな自分を認めれば見捨てられると確信しているし、自分のダメな部分と向き合うための心の幹が未熟なままだから・・・。でもね、本当はおびえているんじゃないかなぁ・・・。

 

 あの日、私は彼に「へぇ〜そういう風に思っているんだね」とちゃんと受け止めた上で、「なんでそう思うんだろうねぇ・・・」等とつぶやいたりして、彼の気持ちにもっと関心を寄せるべきでした。

 ・・・必死でとんがっている少年少女たちを見る度に、彼のことを思い出します。

 

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幼い頃の記憶

 先日、『プロフェッショナル』という番組で体操の内村選手を取り上げていました。私が「ほぉ〜」と思ったのは、彼の「今までで最高の達成感は、小学生の頃に初めて『け上がり』が出来た時・・・、それを超える体験はまだない」という言葉・・・。彼は、その時と同じかそれ以上達成感を味わいたくて日々鍛錬をしているのかもしれません。

 体操選手として国内外で素晴らしい記録を残している彼の原動力は、幼い頃の強烈な体験なんだなぁ〜と思いました。

 

 子どもの頃の強烈な記憶というのは良い意味でも悪い意味でも、その後の人生とつながっていきます。

 良い体験が、やがてその人を研究者や発明家にしたり、アスリートにしたり、芸術家にしたりetcということはよくありますが、一般庶民の私たちにもそういうのがあるんじゃないか、と・・・。今の仕事や趣味、あるいはまだやってないけど憧れている何かetcに、実は子どもの頃のポジティブな体験が関わっているかもしれません。

 

 私たちにも、内村選手のように、子ども時代に味わった達成感や楽しくてたまらなかった何かといったポジティブなものが子ども時代のたくさんの経験の中に一つや二つあるとすれば、それを大事にするのがいいよね。

 普段の忙しい暮らしの中では忘れ果てているかもしれないけれど、ゆったり出来た時に、静かに思い出してみるのもいいんじゃないかなぁ〜。

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幼い頃の記憶

 先日、『プロフェッショナル』という番組で体操の内村選手を取り上げていました。私が「ほぉ〜」と思ったのは、彼の「今までで最高の達成感は、小学生の頃に初めて『け上がり』が出来た時・・・、それを超える体験はまだない」という言葉・・・。彼は、その時と同じかそれ以上達成感を味わいたくて日々鍛錬をしているのかもしれません。

 体操選手として国内外で素晴らしい記録を残している彼の原動力は、幼い頃の強烈な体験なんだなぁ〜と思いました。

 

 子どもの頃の強烈な記憶というのは良い意味でも悪い意味でも、その後の人生とつながっていきます。

 良い体験が、やがてその人を研究者や発明家にしたり、アスリートにしたり、芸術家にしたりetcということはよくありますが、一般庶民の私たちにもそういうのがあるんじゃないか、と・・・。今の仕事や趣味、あるいはまだやってないけど憧れている何かetcに、実は子どもの頃のポジティブな体験が関わっているかもしれません。

 

 私たちにも、内村選手のように、子ども時代に味わった達成感や楽しくてたまらなかった何かといったポジティブなものが子ども時代のたくさんの経験の中に一つや二つあるとすれば、それを大事にするのがいいよね。

 普段の忙しい暮らしの中では忘れ果てているかもしれないけれど、ゆったり出来た時に、静かに思い出してみるのもいいんじゃないかなぁ〜。

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変わる

 「この人のこんな部分を変えたい!」「頑張ってあの人を変えよう!」etcという風に相手の改善すべきところを指摘し、説得したり感情に訴えたりして変えていこうとするのはよくあることですよね。変えたい相手は、家族だったり、友人だったり、職場の人だったりetc・・・。

 

 社会心理学者のマリリン・ファガーソン氏がこんな言葉を残しています。

 「誰も説得によって人を変えることはできない。すべての人は堅くガードされた、心の変化の扉を持っており、その扉は中からしか開けられない」と。

 

 つまり、変化の扉の取っ手は内側にしかついていない、ってこと・・・。外から無理に開けようとしてもできないんだよね。

 本人自身が扉に近づき、自分の手で取っ手を回さないと変化の扉は開かない・・・。

 

 説得することや感情に訴えることが無意味だとは思いません。それによって、本人の心が動き「変わろう」という方向に向かうかもしれないからです。

 でも、一方的に扉をガンガン叩いたり大声で話しかけたりすれば、内側にいる人は恐くなって後ずさりするかも・・・、この塩梅は難しいです。

 

 私がこの仕事をしていて感じるのは、誰もが「より良い自分に生まれ変わりたい」という思いを抱いている、ってこと。私と話が出来たっていう事実は、変化の扉の取っ手をつかみ始めているからなんだと思います。

 その人が安心して扉を開けられるためには何が必要なのか、・・・いつも考えています。

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やんちゃな少年から教わったこと 

 昔々、逸脱行動を繰り返すやんちゃな少年と放課後の教室で話をしたことがありました。あれは貴重な体験でした。

 

 前日に校舎を抜け出して買いに行ったことにはあえて触れずに、「ドラクエ」の面白さについて聞いているうちに、少しだけ心が通うようになったんです。

 担任としては彼のした行為を正すべきだと考えていましたが、その時の斜に構えて私を鋭くにらむ姿は鎧兜に身を固めた完全武装状態だったので、あえて世間話に切り替えたわけで・・・。

 そうやってとりとめのない話をしている中で、彼は「先生はいつも俺をにらんでるよな・・・」と・・・。私は、「いや、そんなことはないよ」と言いかけ、ふと思い当たりました。

 

 廊下のガラスを割った者がいるとか、トイレに牛乳パックが何個も置かれていたetcという問題行動があると、各学級で指導の時間をもつわけですが、そういう時いつも彼と目が合っていたんですなぁ〜。

 私とすれば別に彼をターゲットにして話していたつもりはないんですが、おそらく彼の方は「絶対俺だと思ってるな!」という目で私を見ているので、そのタイミングで、厳しい表情の私と目が合ってしまうのでしょう・・・。で、その瞬間「やっぱ俺を疑ってる」と確信するみたいで・・・。そして「もっと悪くなってやる!」と・・・。

 私が「ごめん、そうじゃないんだ」という話をすると、彼は「ま、いいけど・・・」と話を流しました。でも何となく距離が少し縮まったような気がしました。

 

 怒られ続けている子は、そうでない子に比べて、「ど〜せ俺が悪いんだろ!」と感じ不信感を抱きがちです。そして開き直ろうとする・・・。(その後仲良くなった彼に聞いたら「開き直るしか方法を知らない」というようなことを言ってました)

 周囲から怒られがちな子と話をする時には、一方的に話すのではなく、ちゃんと心を込めて聞くことを大事にしなければならない、ということを教えてもらいました。

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蘇る力

 いつも思いますが、庭の植物たちを育てていると「信じて待つ」ということを学んでいる気がします。

 早春の頃は、庭はまだ色の無い世界なので、秋植えの球根たちや宿根草たちがちゃんと芽を出てくれるのか不安になるもんです。でもね、生命力を信じて待っていれば、それぞれの花のペースで芽吹いて伸び、見事な花を咲かせてくれる・・・。

 

 人間も同じなんだと思うんです。

 周囲から見れば全く動きがないとしても、機が熟すればちゃんと動ける力を持っているんじゃないかなぁ・・・。あるいは、「動きがない」と思っている人の目には見えていないけど実は動きが始まっている、とか・・・。

 

 「信じて待つ」というのは、ただ待っていることではありません。必要なケアを必要なだけやり、後は本人の動きを邪魔せずにそばで見守ることだし、関心を向け続けること・・・。温かい関心は動き出す力に必要な栄養だと思うんです。

 

 ひと月ほど前まではまだ冬枯れ状態だった庭が、見違えるように色鮮やかに蘇っているのを見ていると、今は動けないでいるかもしれないけど、本当は生き生きと人生を楽しみたいと願っている人の、その人自身の力を信じたいんです。

 

 

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ストレス対処 

 ストレスが全く無い人生はあり得ませんが、対処法を知っていると、それを成長への起爆剤にできたり、心に受けるダメージを軽減できたりする可能性は大いにあります。

 

 一つは「抱えている問題に焦点を当てる」という方法。目の前にあるストレスを取り除くことになるから、実はこれが一番手っ取り早いんだよね・・・。

 これは、困難な問題を細かく分割して、やれるところから順番に解決していく、っていう感じでしょうか。私の例だと、毎年訪れる「確定申告問題」が心身に暗雲をもたらすストレスなんですが、一気に書類を作成するんではなくて、まずは「領収書を整理する」→「項目別に分類する」etcと細かい作業を淡々とやっていくんです。そうやって作業を続けていれば、やがては書類が完成します。

 あるいは、解決の仕方を誰かに聞く(相談する)というのもいいですよね。ひとりで悶々としているよりは聞いた方が早いかも・・・。

 

 二つ目は「ネガティブな気持ちを軽減させる」ための方法です。これはコーピングとも言われていて、注目されている分野だと思います。

 自分のとらえ方を変えたり、抱いている感情を聞いてもらったり、気分転換やリラクゼーション法をやったりetcという方法。

 特に、気分転換やリラクゼーション(呼吸法など)は大事なので、自分なりの方法を幾つかもっているのは良いことだと思います。・・・まずは試しに20個くらい考えてノートに書き出してみるのは、コーピングの良いトレーニングになるかも・・・。

 

 ちなみに私は「ご褒美作戦」です。ストレスになる問題に直面した時には「これが解決したら〜をやる!」という何かを幾つか考えておき、それを支えに頑張ることが多いです。ちなみに、今回の「確定申告」を終えた日のランチはお気に入りのお店に行って満喫しました。

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ストレス対処 

 人は誰でも、その人生を生きていく限りストレスとは無縁ではないですよね・・・。苦しい局面に遭遇して先が見えなくなったり、対人関係等でネガティブな気持ちに支配されたりするものです。ストレスを全く感じずに生きている人はいないんじゃないかなぁ・・・。

 でも、その一方で、ストレスがかかることで成長することも多いし、苦しい体験をサバイバルする中で獲得していく人格的な力もあるから、一概に悪者呼ばわりはできないかも・・・。

 

 要は、自分なりの対処法を持つ、ってことなんだと思います。

 今は、時間がゆっくり流れていた昔と違って多忙な時代なので、現代ならではのストレスがさらに加わっているかもしれませぬ。なので、そういう時代を生きなければならない我々としては、自分に合った対処法を見つけておくのがいいんだろうなぁ・・・。

 

 ストレスの対処法には、「抱えている問題に焦点を当てる」方法と、「ネガティブな気持ちを軽減させる」方法とがあります。これらをうまく組み合わせていけるといいよね。

 続きは、次回のブログで・・・。

 

 

<余談>

 ブログ更新の期間が少し空いてしまいましたなぁ〜。今までは一日おきに更新するパターンでしたが、今後はそれにこだわらずにボチボチやっていこうと思います。

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それぞれの4月

 4月は、世の中では「新年度」を迎えることもあって、色々なものが動き出し活気づいていきますよね。

 学校の入学式や新社会人の入社式などのニュース映像を見ると、華やかで生き生きしています。「これからが楽しみです!」とか「〜に挑戦しようと思います!」という言葉は希望にあふれていて羨ましいほど・・・。

 

 でもね、もしかしたら「動けない4月」を送っている人もいるかもしれません・・・。そういう人たちにとっては、キラキラした者たちの姿は見たくないかも・・・、苦しくなっちゃうからね・・・。

 ・・・自分を責めないで欲しいと思います。一日の中で楽しめる時間があったら、それを大事にして欲しい・・・。

 今は動けないかもしれないけど、6月や10月、あるいは来年になれば新たな局面が開けるかもしれないんです。

 

 「機が熟する」という言葉があるけれど、人それぞれの「その時」があります。だから、今は無理だとしても、「本当はこうなりたいなぁ」というイメージだけは捨てないでほしい・・・。

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