まんまる猫

飼っている猫のこと、ココロの話、癒しの話、etc
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グレーゾーン 2

 「二分割思考」に限りませんが、考え方の癖というのは生まれつきのものではありません。育ってくる中で、周囲の大人たちの影響を受けて身につけたもの・・・。なので、変えることが出来ます。・・・ただし、それには「自分を変える!!」っていう強い決意と覚悟が必要なんだけどね。

 

 変える!と決めたら、まず自分の二分割思考がどれほど強いかを自分の言動を振り返ってみるのがいいでしょう。そして、やっぱ強いなぁ〜と思ったら、「自分はそういうタイプなんだな」と静かに自覚するのが第一歩・・・。

 それからね、「変わるには時間がかかる」ということもちゃんと覚悟することが大事です。だって、その覚悟がないといつもの癖が出て「全然変わらないじゃん!・・・もういい!」となってしまうかも・・・。数十年間それでやって来たわけだから、短時間にそれが消えるわけはないからねぇ〜。

 

 自分の癖を自覚し、覚悟を決めたら、[日々の中に起こるちょっとしたグレーな状態を「不快だなぁ〜」と思いながらも、結論を少し保留して、今後事態がどう展開していくのか様子をみていく]っていうエクササイズを、無理のない程度にやっていけばいいんじゃないかなぁ・・・。その際には、いつもよりゆっくり動こうとしている自分をほめることも忘れずに!

 何度かに1回くらいは、保留して様子をみたことで「おっ、案外いいじゃん!」という経験に出会えるかも・・・。それを積み重ねていけば、「焦って結論を出さなくても大丈夫な場合がある」ってことが分かってくると思いますよ。・・・そうなれるといいよね。

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グレーゾーン 1

 「二分割思考」と呼ばれる考え方の癖があります。これは、白黒をはっきり付けないと落ち着かないんだよ!、っていう感じの考え方かな・・・。

 二分割思考は、決断が必要な場面では大変重宝する癖ですが、色々なことが起こる&答えがはっきり見えないことが多い人生の中では案外ストレスの元になってしまうかも・・・。だって、この癖が強いとグレーゾーン状態に対して常にイライラしたり焦ったりしてしまうからねぇ。

 

 私たちの暮らしに起こる出来事すべてに白黒を付けて、きれいさっぱり片付けていけるとは限りません。人生というのはモヤモヤが多いものなんです。

 その最たるものは人間関係・・・。複雑に入り組んでいますからなぁ〜。それに、見解の違いが単なる勘違い的なきっかけで起こり十分に修正可能な場合だってありますよね。だから、その場でゴミを捨てるように「はい終わり!」っていうわけにはいかない・・・。早々出した結論のせいで、返って苦しくなることもあるだろうし・・・。

 

 二分割思考は、決断する時にはプラスに働くので必要なものですが、常にそれに支配されていると自分でストレスを作ってしまうかもしれません。それが心身の不調を招くとしたら大変です。

 ちょうど良い感じのバランスを保つことが出来たらいいですよね。

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生き方

 「死んだ後に残るものは、その人が集めたものではなく与えたものだ」というような言葉があります。シャンデリとかいう人だったかな??

 

 どう生きるか?を考える時にこの言葉は参考になるんだよなぁ〜。

 私は、「与える」というのは、「物」ではなく精神的な意味というか、人との関わり方etcという意味で受け止めています。そして、上から目線の「与える」ではなく、その人の生きる姿から誰かが何かを得る――その人はそのことを知らないけれど・・・、そんな感じ。

 

 歴史的にみても、偉大な誰かの精神が時代を超えて受け継がれていくのはよくあることですが、庶民レベルでもそういうことはたくさんあるんじゃないかなぁ〜。

 

 私利私欲のままに色々な何かを集める生き方よりも、誰かに何かを与えられるような生き方ができたらいいよね。

 

 私たち人間は、人生にその都度起こるアレコレに大騒ぎしながら数十年という時間を生きていきます。100年を越えて生きる人もいますが、それにしても大いなる宇宙や地球規模の時間の流れに比べればあっという間のこと・・・。

 その短い時間の中で、誰かの心に「あの人に会えてよかった」と温かく残れるような生き方をしていきたいもんですなぁ〜。

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何かに「する」

 宮沢賢治の童話で「なるほどねぇ〜」と考えさせられる一節があるんです。

 

 「何にするんだ、何にするんだ、貝殻なんぞ何にするんだ」

 私はむっとして答えました。

 「あんまり訳がわからないな、ものと云うものはそんなに何でもかんでも何かにしなけぁいけないもんじゃないんだよ。そんなことおれよりおまえたちがもっとよくわかってそうなもんじゃないか」

 すると波はすこしたじろいだようにからっぽな音をたててからぶつぶつ呟くように答えました。

 「おれはまた、おまえたちならきっと何かにしなけぁ済まないものと思ってたんだ」

 私はどきっとして顔を赤くしてあたりを見まわしました。

 

 波が言う「おまえたちならきっと何かにしなけぁ済まないものと思ってたんだ」というひと言が、私の心に残るんですなぁ〜。

 現代社会に生きる私たちは、何にでもすぐに明解な答えを出そうとしたり、ちゃんとした形にしようとしたりしがちですよね。もちろん、そういうことが必要な場合もあるけど、全てがそうではないと思うんです。

 何かに「する」んじゃなくて、ありのままの状態から自然に展開していく何かを尊重することもアリなんじゃないかと・・・。

 

 特に、人の場合は、周囲が急いでその人を何かに「する」のではなく、その人が時間をかけて何かに「なる」ことを尊重するのが大事なんじゃないかなぁ・・・。

 うまくは言えませんが、親や先生が子どもを「何かにする」ことを焦ってはいけない気がします。

 

 

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表情

 赤ちゃんが母親の表情によってどんな影響を受けるかについての研究があります。それによると、今までにこやかに接していた母親が急に無表情になると赤ちゃんは不安と恐怖で泣き出してしまうと・・・。初めは赤ちゃんなりに関心を引こうと頑張るんですが、何をしても母親の表情が変わらず無反応だと、まるで世界に見捨てられたような大きな孤独感を感じるんだと思います。

 親が子どもと接するときの表情というのはとても大事なんですね・・・。

 

 でも、これは親子関係だけに限ったことではありません。大人の世界でも同じ・・・。

 私たちはコミュニケーションをとる時、相手の表情から色々な情報を読み取って、対処法を選択しようとします。その時、相手が無表情だと得体の知れなさを感じ警戒心を抱きますよね。さらに険しい表情だと近づきがたくなるし・・・。

 

 だからね、表情筋を鍛錬して色々な表情が自由にできるようにおく、ってのは大事なんじゃないかなぁ・・・。前に書いたような気がしますが、私は車の運転中とかちょっとした時間に、目を大きく見開きながら「あいうえお」の形を口を大きく開けてやる、っていうのを続けています。なんかねぇ、これをやると顔の筋肉のこりが取れて柔らかく動く気がするんだよね・・・。

 表情というのは対人関係で重要な部分だと思います。

 

 

<余談>

 だいぶ庭の雪も消えてきました。ビオラの花も秋のままの色を鮮やかに残しています。いつも思うけどこの子たちの生命力は本当に凄い・・・。

 このまま春になってくれればいいんだけど、予報では連休明けから荒れた天候になるらしいから、また雪が降ってくるんだろうなぁ〜。大雪だけは勘弁だな・・・。

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過剰な期待を手放す

 悩みの多くは、対人関係で起こるアレコレからきているかもしれません。私たちは、自分が想定していた通りの展開にならないと、「何故分かってくれないんだ!」とか「どうしてそういう態度になるんだ!」等という相手への怒りや失望を感じますよね。それが強くなると悩むように・・・。

 

 でも、冷静に考えてみれば、その相手はそもそも自分ではないので、自分が思う(願う)ような言動をするわけはないんです。だから、自分の思いだけを優先しようとすれば、期待通りではない相手の反応を受け入れられず、心がザワついてしまいます。

 そうなると、自律神経のバランスが崩れて心身に負担がかかり、エネルギーが消耗してしまいます。思いが強すぎると自分で自分を追い込んでしまうんだよね・・・。

 

 相手への過剰な期待を手放すというか、「願望と現実とは違うのが当たり前なんだ」という視点を持つことは、それまでの悩みから自分を少し解放することかも・・・。

 大事な心のエネルギーは、悩みではない別の楽しい何かに使った方がいいんじゃないかなぁ。

もし、相手に「〜してほしい」という思いがあるなら、支配や反論などではない方法で伝えてみるのがいいかもしれません。

 

 

<余談>

 私の読書生活は順調に進んでいます。『白痴』を読み直しているんですが、懐かしい・・・。

 でもね、一文の長さ&人物の台詞の長さ(数ページに渡る)を頭の中で整理しながら読むのはかなりのエネルギーが要るねえ〜。どの人物も一筋縄ではいかないキャラなので、この本と格闘している感じです。

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願望と現実

 私たちは色々な人間関係の中で時折ネガティブな気持ちになり悩んでしまうことがありますよね。みんなが自分の思い通りに動いてくれればそうはならないんでしょうが、残念ながら日々の暮らしの中では難しいことです・・・。

 

 そういう時には「願望と現実を分けて考える」という視点が大事かと・・・。

 「こうなってほしい」「これをしてほしい」等と願うことはいいでしょうが、現実として、自分が願っていることがその通りになるとは限りません。だから、それを一緒にしてしまうと、「何故そうならないんだ!」「何故分かってくれないんだ!」となって、怒りや絶望等の感情が湧いてきてしまいます。・・・そして疲れる。

 

 でもね、冷静にみれば、自分と周囲の人たちとは違いますから、性格も物事のとらえ方も、問題の対処法もそれぞれなんですよね。これは親子でも同じ・・・。自分と一緒にしてはいけません。

 自分が願っていることと、現実に起こることは全く別のもので、これだけはどうにも仕方のないことなんです・・・。

 

 この視点を受け入れることは難しいかもしれませんが、頭のどこかに置いておくと、いつかは冷静に対処できるようになるかも・・・。

 そして、自分の願い通りにならない場合にも、その現実に対して怒りや絶望等に飲み込まれるのではない別の解決策を見つけ出せるかもしれません。

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気持ち

 私たち人間は、誰かの生き方や考え方等に影響を受けたり、自分が誰かに影響を与えたりしていますよね。それは感情面でも同様・・・。

 

 「気持ち」というのは目には見えませんが、「雰囲気」で瞬時に伝わるから不思議です。まぁ非言語というか、眼差しやら表情やら、声のトーン、仕草等でメッセージを発しているので、それを察知するんだよね。この「察知する」能力が備わっているのは人間が社会的な生き物だからなのかもしれませんなぁ〜。

 

 職場や学校等でいつも一緒にいるメンバーの誰かが不機嫌オーラを出していると、そのさざ波が周囲にも漂っていきます。それを察知して「え、私が怒らせた?」と不安になる人もいるだろうし、「は?すぐ顔に出さないでよ」と不快に感じる人もいたりして反応は様々でしょうが、その誰からの影響を受けてしまうのは確か・・・。

 ポジティブな影響というのもあって、誰かが穏やかな雰囲気を醸し出していると、その安定感が周囲にも伝わり、全体が落ち着くこともあります。

 不思議なものだと思います。

 

 

<余談>

 さっき、天空から白鳥の鳴き声が聞こえてきました。白鳥たちがやって来て、雪が降って・・・、そういう季節になったんだねぇ〜。昨日からの雪で庭も白く姿を変えました。

 春が来るまで、しばらくは冬ごもりの日々だな・・・。今年の冬が穏やかに過ぎてくれるといいなぁと思います。

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冬に向かう

 12月に入って寒さが一段と増してきました。晴れた日は陽射しが暖かいけれど、空気はピンと張り詰めています。暖冬になりそうだとはいえ、これからは、雪も降り、気温も氷点下を超えるようになるでしょう。まぁ冬になったんだから仕方が無いね・・・。

 

 我が家の庭は静かです。先日、庭一面に腐葉土を毛布代わりにかけて今シーズンの庭仕事を終えました。

 寂しく静まりかえった庭で頑張っているのは、ビオラと地植えのシクラメンですが、彼らの元気な色を眺めるだけでなんだかホッとするんだよなぁ〜。

 

 この時期になるといつも思うことがあるんです。それは「命は目に見えないところで、春に向けて着々と準備をし続けている」ってこと・・・。球根や宿根草やこぼれ落ちた花の種たちは、やがて花開く日のために土の中で休みなく準備をしているだろうし、虫さんたちだって元気に動き回る日のためにエネルギーを溜めているんだよね。

 当たり前のことなんだけど、なんか人生にも言えるよなぁ〜と思うんですよね。

 

 私たちの人生にも「冬」に向かう時がある・・・。そういう時が自分に訪れることがあるんです。抗おうとしてもがいてもエネルギーを消耗するだけ、っていう日々がね・・・。

 そんな時はジタバタせずに、今の自分がやれる何かを淡々と続けていくのがいいんじゃないかなぁ・・・。苦しいなぁと感じながらも、自分が出来ることを続けていく先に、出口の光が見えてくると私は思っています。

 大事なのは、必ず春が来ることを信じることと、自分が花開くイメージをしっかり心に描くことだと思います。スピードを落としてもいいから止まっちゃいけない・・・。

 

 「冬」は厳しい日々が続きますが、土の下ではたくさんの命たちが次のチャンスに向けて黙々と活動し続けていることを、そんな彼らは苦しい日々を共に乗り越えていく仲間であることを心に留めておこうと思います。

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中年期の生き方 7

 「中年期」のテーマとして、今までは柔軟性の獲得について書いてきましたが、もう一つ大事なものがあります。それは、「人生の問い直し」・・・。

 

 中年期に入った頃に、人々の心にどんな思いが出てくるのかを調べた学者さんがいますが、それによると以下のような思いを抱くようで・・・。

  ○私は今までの人生で何を成し遂げられたんだろう?

  ○若い頃の夢で叶ったものは何だろう?そして、叶えたいものは?

  ○私はこの人生に満足しているのだろうか?          等々・・・。

 

 これらの問いは、テイストとしては「後悔」っぽくみえますが、実は、将来を見据えて「人生をより充実させたい」というポジティブな思いが根底にあります。

 老年期を前にしているからこそ、原点に立ち返り、今後の人生をもっと豊かにするためには何が必要か?と自分自身に問い、答えを模索していくことで、人格的にグレードアップしていくわけで・・・。

 

 ただね、これらの問いが心の中に生まれてくると、今の生活全般や自分自身を見直すようになるので、それまで考えないようにしてきたアレコレについての葛藤が生じることも・・・。

 そんな時には、ヒントを得るために友人とゆっくり語り合ったり、本を読んだり等々ということが必要になるかもしれません。ひとりで悶々としていても、考えることは堂々巡りになるので、外からの刺戟があった方がいいからねぇ・・・。

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