まんまる猫

飼っている猫のこと、ココロの話、癒しの話、etc
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回復し続ける先に・・・

 以前、ガン患者のメンタルをテーマにした番組を見ていましたが、患者さんのお話に寄り添い続けるDrのお話にあった「心的外傷後成長」ということを考えさせられました。

 

 自分が大病や難病などに直面した時には「なぜ自分がこんな目に遭わなければならないのか?」という答えの出ない問いが頭の中を駆け巡り、この先の未来が急速に色を失っていきます。治療の苦しさも加わるので、心身共に打ちひしがれていく・・・。

 でも、そのDrは「そこをほんの少しずつ前に進んでいくと、やがて自分の身に起きたことに新しい意味づけができるようになる」と・・・。それができた時、かつての自分が探していた「答え」にたどり着ける、ということなのかもしれません。

 

 これは病気だけとは限らない・・・。

 私たちの人生では、突然周囲の景色がまるで違ってしまうような辛い出来事に巻き込まれることがあります。そんな時は、心はズタズタに引き裂かれ、世界全体が虚ろになり、寒々とした荒野にたったひとりで取り残されたような気持ちになりますよね・・・。そうなると、「いっそのこと消えてしまいたい」という思いも心をよぎるかもしれません。

 

 でもね、そこを「1日ずつ」しのいでいくことが絶対大事だと私は思うんです。

 1日ずつ這うように進んでいくうちに、ほんの少し冷静さをもてるようになるだろうし、その目で探せば、自分の味方になってくれる人を見つけられるかもしれません。そうすれば、その人を支えにして、もっと先に進んでいけるんじゃないかなぁ・・・。

 

 回復への道のりというのは峠の上り下りのようなものだから、一直線に上がってはいけないかも・・・。だからこそ、支えてくれる誰かと一緒に「回復し続ける」一歩一歩が大事だと思います。

 そして、その道のりの先に、自分を奈落の底に落とした出来事について、自分なりの前向きな意味づけができるようになると私は信じています。・・・人間は弱いけれど、心の底には強さもちゃんと持っているんです。

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雨に思う

 雨音を聞いていると、昭和生まれの私は、何となく子どもの頃に聞いた『雨』という童謡を思い出します。北原白秋さんが作詞した「雨が降ります 雨が降る 遊びに行きたし 傘はなし」っていうやつ・・・。メロディももの哀しいのでしんみりした気分になります。(おそらく現代の子どもたちはこの歌を知らね〜んだろ〜なぁ・・・)

 

 昭和の頃の子どもたちは「遊ぶ」といえば、外に出て友だちと鬼ごっこしたり、虫や川魚を捕ったり、秘密の隠れ家に集まったり等々・・・ってのがフツーでした。だから雨が降ると家にいるしかなくトホホな気分を味わっていたもんです。

 でも、現代は「ゲーム」があるから天候には全く左右されないんだよね。たとえ豪雨だろうが、大雪が降ろうが、子どもたちはいつもと変わりなく楽しく遊べるんでしょう。・・・まぁそれは今の子どもたちにとってはいいことなんだろうけど、・・・本当にそうなんでしょうかねぇ〜。

 

 止まない雨を恨めしく思い忸怩たる思いをじっと我慢しながら、家で「退屈」を持て余すことや、気を取り直して本を読んだり兄弟で遊んだりする(まぁ程なく喧嘩に発展する)っていうことも、心の発達のどこかに良い影響を与えるような気がしますがね・・・。

 過去には戻れないから、この先「ゲームやネット」が子どもたちの遊びの中心になっていくんだと思いますが、おばはんの私は「外(自然の中)で遊ぶことで心身が成長していく」っていう可能性を大事にしたいもんだ、と・・・。

 

 

<余談>

 昨日に引き続き今日も本降りの雨です。せっかくの中総体の晴れ舞台のはずだったのに・・・。

 霧雨程度なら子どもたちは頑張って試合に集中できたかもしれませんが、本降りとなると、野外会場のコンディションだけでなく大会スケジュールの変更も余儀なくされたりして、テンションをキープするのは大変だと思います。・・・選手達の気持ちを考えると、本当に残念です・・・。

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「いい時間」の記憶

 以前見たドキュメンタリー番組の中で、ある人が言った言葉が心に残りました。

 その人は「自分が味わったこの素晴らしい時間は過去になって消えていくけど、『いい時間を過ごした』という記憶が、これからの私の支えになります」というようなお話をしていました。

 

 確かにそうだよなぁ〜と思います。

 時間はひたすら前に進んでいくから、様々なことはあっという間に過去になるけれど、本当に心が満たされ幸せな気持ちになった体験は、その人を支える思い出としてずっと残っていくんだよね。人との出会いもそうだし、風景だってそうかもしれない・・・。

 よくドラマなんかでも、都会の暮らしに疲れた主人公が故郷の山を見て気持ちを奮い立たせるとか、部屋の片隅にあった懐かしい何かを偶然見つけて心が癒やされるとかいうのがありますが、それは単なる風景やモノではなくて、その人にしか分からない極上の時間の記憶があるからなんでしょう・・・。

 

 私たち人間は、過去のいい思い出からも今を生きるエネルギーをもらえるんだよね、きっと・・・。

 今までの記憶にはそんな素晴らしいものなんてない、と思っている人も、これからそういう体験に出会うかもしれませんよ。それが明日か、来年か・・・。

 

 

<余談>

 昨日と一転して今日はドンヨリお天気です。今日から地区の中総体が開催されるのに残念だなぁと思います。いいコンディションの中で試合に臨めたら良かったのにね・・・。

 選手達はどんなお天気だろうが精一杯の力で頑張るはず・・・、ひとりひとりの健闘を心から祈っています。

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「楽しい」ということ

 「楽しい」というと、「笑える」とか「ワクワクする」とかいう連想が浮かびますが、そんなハイテンションではない楽しさもあるんじゃないか、ってことを最近考えます。

 

 これはヨガをやっていて実感することなんですが、「できなかったことができた!」と思える時間も「楽しい」よなぁ〜と・・・。

 私は初心者なので、まだ身体がガチガチに硬いわけですが、それでも自分なりに手足伸ばしていくと、前回よりも少し柔らかくなっていることに毎回気づくんです。体幹を鍛える動作でも、以前はグラグラして大変だったのがちょっと安定するようになったり・・・。

 

 今までできなかったことができるようになる、っていうのはすごく楽しいんですよ。そして、それを実感すると「ほぉ〜自分がんばってんじゃん!」と素直に認められるし・・・。その結果、よし!また頑張ろう、となるわけで・・・。

 

 ワクワクすることにも楽しさを感じるけど、自分なりに達成感を感じる何かに対しても人は楽しさを感じるんだと思います。

 勉強などでも同じなんじゃないかなぁ〜。

 

 

<余談>

 今日の陽射しは有り難い・・・。なんだかホッとしますよね。

 プランターで育てているキュウリですが、今朝2本収穫できました。トゲトゲが指に当たって痛いけど、その新鮮さが嬉しいです。

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拒絶への不安

 他者への気遣いが強すぎると人の中にいるのが恐くなってしまうことがあります。

 自分の視線や行動が相手を不快にしているのではないか、ここに自分が加わらない方がみんなはうまくやれるのではないか等々と考えてしまうと、いたたまれないほど苦しいはず・・・。みんなとうまくやっていきたい気持ちが人一倍強いために、逆に拒絶されることへの不安が高まるんだよね。

 そうなると、相手の何気ない言動を拒絶のサインだと受け取ってしまうこともあるかもしれません。実際は違うんだけど、自分の心の中ではそうだと確信してしまう・・・。こういう場合は、自分の主観だけが強くなりすぎていて客観的なとらえ方が出来なくなっているかも・・・。

 

 様々な人がいる集団の中で生きていくのはけっこう神経を遣うものです。

 まぁ誰もが勝手気ままをしていたら社会生活は成り立たなくなるので、周囲を見ながら適度に自分の言動をコントロールするスキルは必要だと思います。でも、それが行き過ぎて他人の評価ばかりが気になってしまうと本当に苦しい・・・。

 

 できれば、信頼できる誰かに自分を受け止めてもらえると安心感が生まれるんじゃないかなぁ・・・。そして、その人と自分のことについて語り合っていくことで、少しずつ客観的な見方をゲットできるといいよね・・・。

 

 

 

 

 

 

 

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関係性

 私たちはたくさんの人々の中で生きているわけですが、その多くは見ず知らずの人で、いわば通りすがり的な人々なんだと思います。

 でも、その中には、何らかの関係性でつながっていく人々もいます。その時間的な長さや関係性の濃淡等は様々・・・。

 

 生涯つき合う関係性もあれば、学校や職場などで一定期間関わらなければならない関係性や、その場だけのものとか色々だし、関わっている時間も一日中だったり、限られた時間だけだったりと、これも色々・・・。

 また、相手と情緒的に深くつながっている場合もあるし、ビジネスライクでサクッとしている場合もあれば、関係性を解消したいのに様々な事情でそれが叶わずに鬱々としている場合もあるでしょう。

 

 ・・・同じ人間同士でも、見ず知らずの人には何も感じないのに、関係性が生まれると、その人との間にステキなことや困ったことが起こり、その度に自分の感情が色々と動いていきますよね。・・・考えてみれば不思議でおもしろいものです。

 

 

<余談>

 昨日からの強風が、今は激しい風雨に変わっています。窓に叩きつける雨は迫力がある・・・。最近の傾向だけど、お天気が極端なのには困ったもんです。もう少しマイルドだったらいいのにね。

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良い方を見る

 真面目で頑張り屋さんの人は、その日自分がやったアレコレの中で「うまくできなかった」ことが気になってしまう傾向があるようです。テストの点数で例えれば、「95点」取った時に「何故あと5点取れなかったんだ」と自分を責めるように・・・。

 もちろん、こういう風に考えることで日々の努力を惜しまず力を伸ばしていくことができるわけですが、そういうプラス面の一方で、自己否定感にずっと苦しむことになるかもしれません。・・・それはそれでけっこうシンドイ。

 

 自分のやったことの中で、良い部分を過小評価し、ダメだった部分にばかり注目するというのは、その人の考え方の癖なのですが、プラス面とマイナス面とのバランスをうまく取れれば、人生はもう少しゆったりできると思います。

 

 学生さん達が気にするテストの「赤点」というのはだいたい「50点」くらいでしょうか・・・。だとすれば、たまには今日の成果が「60点」だったことをちゃんと評価する日があってもいいんじゃないかなぁ・・・。だって、いつも「100点」なんて取れるもんじゃありませんからねぇ〜。

 

 「今日はダメだったなぁ・・・」と感じた時こそ、自分なりに頑張れた良い部分を探してちゃんと認めてあげましょうよ。

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誇り

 私は時々「誇り(proud)」のことを考えます。

 まぁ日本では通常「プライドが高い」と言えば「高慢」という風になりますが、英語的にはそういうネガティブな意味では使わないようです。「高慢」は「big ego」と言うらしく・・・。

 つまり、本来の「proud」はその人の「尊厳」を意味ずるポジティブな言葉・・・。

 

 「尊厳」という言葉はむずかしいですが、私は「その人らしく生きる」ことであり、それは誰にも邪魔できないものだと思います。

 まぁこの世知辛い世の中で「自分らしく生きる」ことは至難の業であるわけですが、たとえ今の現実が過酷であったとしても、心の中では「自分はこうありたい」という思いを忘れないことがその人自身を支えるのではないか、と・・・。

 

 難しいことですが、「今は○○だけど、やがては自分が生き生きする人生を送りたい!」と願い続ける努力はその人自身を守ることだと私は思うんです。「守る」とは攻撃からの防御という意味ですが、もっとポジティブな面もあるんじゃないかなぁ・・・。

 どういう状況にあっても「こうありたい」と願い続けることが、その人の人生を変えていくと私は信じているんです。

 

 英語に「You should be proud of yourself.(あなた自身を誇りに思いなさい)」という表現がありますが、順風満帆な時だけでなく、シンドイ状況の中で踏ん張り続けている自分に対しても、その生き方を誇りに思っていいとおもいます。・・・それから、本当に苦しくなった時に、その問題を前向きに解決するための行動として、病院やカウンセリングを選択できた自分も誇っていいんです。

 

 

<余談>

 令和という新しい時代が幕を開けました。一度も戦争に巻き込まれなかった平成が終わり、それに続くこれからの時代をどう作っていくか、というのは、たぶん「誰か」ではなく私たちひとりひとりに委ねられていると思います。しっかりと生きていきたいですよね。

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アクティブシニア期

 超高齢社会の現代は老後が長い・・・。大正時代の頃の平均寿命は40くらいだった、という話を聞いたことがありますが、今はその倍以上です。

 

 ところで、50代以降の時期は、「退職準備期」→「アクティブシニア期」→「終活期」という流れになるようです。

 中年期に入ると、我が子の思春期にあたふたしたり、仕事面での苦労があったり、親の介護問題が浮上したりetcと、慌ただしい日々になるわけですが、・・・たまにはこの3つの段階を参考にして自分の後半の人生の過ごし方を考えてみるのもいいかもしれません。

 

 特に、それまでの仕事人生にひと段落つけた後の、まだ体力気力がある「アクティブシニア期」をどんな風に過ごしていきたいのか自分なりのイメージを思い描いておくのは大事なんじゃないかなぁ〜。

 初めはそのイメージが夢のようなものだったとしても、何度も考えているうちに少しずつ現実的な形になっていくはず・・・。そうなれたらいいよね。

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頑張り

 新年度が始まって2週間目が過ぎようとしています。先週はバタバタしたような忙しさの中で過ごしていたと思いますが、今週は少し落ち着いてきた感じでしょうか。

 

 新しい職場、新しい学校等、今までとは違う環境に適応していくのはけっこう大変なことですよね。だから知らず知らずのうちに自分のキャパを越えて頑張ってしまいます。

 まぁそういう怒濤の日々の中で、出来なかったことが少しずつやれてきたり、仲間とも関係が築かれたりするので、自分的には「お、良い感じ!」とテンションが上がっていくでしょう。でもね、こういう時こそ「オフ」の時間をちゃんと確保しましょう。

 ものすごく頑張っている時には、自分の疲れに気づかないでいることがあるんですよね。だから、ひと山越えるとドッと疲労感が出たり、頑張っている途中でガクッとエネルギーが無くなったり・・・。

 

 「全力で頑張る」というのは悪いことではありませんが、オンとオフの切り替えやエネルギー配分を考えることは大事だと思うんです。

 

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