まんまる猫

飼っている猫のこと、ココロの話、癒しの話、etc
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ネコの能力

 以前、Eテレの「ろんぶーん」という番組で、ニャンコ研究の論文を紹介していました。ニャンコの記憶力はどんなか?等々・・・。

 

 で、それを見て我が家のミーを観察するようになったわけで・・・。まぁ人間ほどではないけれど、彼なりにちゃんと考えながら行動を選択しているようです。

 「記憶力」に関しては、時間が経ってもそれが持続できていて、遊びたくなるとお気に入りのおもちゃを保管している場所のそばに行って私の方をじ〜っと見ています。おやつを置いてある所も同様で、帰宅するとその袋が床に落ちていていじられていることもあるのだ。

 それから、「ニャンコはワンコと違って、悪戯を注意されてもそれを忘れて何度も繰り返す」って話を聞くけど、ミーを見ていると、叱られた記憶を無くすというよりは「またやりたい!」っていう欲求の方が勝ってしまう感じ・・・。

 

 感情は人間のように細分化していないけど、一緒に暮らしていると彼の気持ちが伝わってくるのがおもしろい・・・。表情や仕草で色々なメッセージを積極的に伝えてきます。

 ただし、共感性は未発達だな・・・。幼児期の初期の頃のような自己中心的な認知です。悪気は無いけど、常に「自分」が優先されている、って感じ。・・・ってことは、うちのミーは人間で言えば2歳くらいの知能なんでしょうかねぇ〜。

 

 知能はそんな感じですが、身体能力はすごい・・・。遊びながらのジャンプは、壁を蹴って私の身長を超えるほど跳びますからなぁ〜。日頃の訓練の成果で、彼の太ももの筋肉はがっちりしているんですよ。・・・まぁこれが何の役に立つかといえばはなはだ疑問ですがね。

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中年期の生き方 6

 中高年になると、鏡を見る度に「なんか老けたなぁ〜」としみじみ思いますよねぇ〜。まぁ春秋を重ねてここまで生きてきたわけだから細胞レベルで劣化が進んでいるのは当たり前なんだけどね・・・。

 そういえば昔々、隣の席の理科の先生が「生き物の細胞は誕生した瞬間から消滅に向かって進んでいくんでしょうね」ってなことを話していて、私は納得しつつも「そんなぁ・・・」と思ったのを思い出しましたよ。

 

 中年期になると、誰もがふとしたことで身体の老化を意識し始めます。若い頃にあった体力や集中力が落ちてきたなぁ〜、というように・・・。健康面でもそうだし、体型やお肌の張りだってトホホな感じになるし・・・。

 自分の老化を意識するようになると「若い頃に戻れたらなぁ〜」的な気分になるもんですが、ここで注意が必要なのは「若さに過剰に固執する」ってこと・・・。

 

 例えば、老け顔を若い頃の顔に戻そうとして、エステに通い詰め、様々な美容器具を使い、サプリを飲みまくり、美容整形を施して・・・、というのを必死に頑張ったとしても、いつかは限界点に達するはず・・・。そうなると、老いた自分を受け入れられず深い絶望感に襲われるでしょう。これは「中年期の危機」と呼ばれる状態の一つです。

 

 安易に「老い」を受け入れずに適度にそれに逆らう努力は必要・・・。でも、それが行き過ぎると、悩みに縛られて心の自由を失うかもしれないので気をつけないとね・・・。ここでも「柔軟性」が問われるんじゃないかなぁ。

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10分

 少し前に見た番組(対談だったような)の中で耳にした「1日の中で幸せを感じる時間が10分あればいい」的な言葉がなんか心に残っておる・・・。

 ほぉ〜!と思いました。こういう風に考えればいいかもね・・・。

 

 永遠に続く幸せ、ってのは現実にはあり得ないと思っているけど、できるだけ長く続くとありがたいねぇ〜とは思う・・・、でも、人生ってもんはそううまくはいきません。日々の暮らしの中では色々なことが起こるから、途方に暮れたり、慌てたり、苛立ったり、我慢を強いられたり等々とシンドイ思いをすることの方が多いでしょう。大きな幸せが長く続くというのは見果てぬ夢のようなもの・・・。

 

 だから、「1日10分の幸福感」でよしとする、っていう視点は案外いいんじゃないかねぇ〜。

 「このコーヒー美味いいなぁ〜」「今日の陽射しは暖かいなぁ〜」「やっぱ風呂はサイコー!」と感じたり、ふとした何かで笑ったり等というようなささやかな和みの時間を足していけば、1日の幸福感は「10分」を超えるかもしれません。

 そして、1日10分(たとえ5分だったとしても)の幸福が、ひと月、1年と重なれば、けっこうな幸福の量になるはず・・・。それでいいんじゃないでしょうか。

 

 

<余談>

 昨日はとても良いお天気だったので、夫に手伝ってもらいながら庭仕事を・・・。ミョウガ畑も、枯れたまま蔓を伸ばしていた朝顔も整理できましたよ。その後、チューリップ等の球根を植えたから、・・・大満足です。

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聴きたい曲

 巷にはたくさんの曲があふれていますよね。その様々な曲の中から、私たちの心は「その時聴きたい曲」を自然に選んでいるようです。

 お気に入りのアーティストの曲を楽しむのはもちろんだけど、そうじゃない曲でも、ふと聴いた一曲が心にグッと迫り何度も聴く、っていうこともあるかと・・・。そのことを考えてみようと思います。

 

 「その時聴きたい曲を選んでいる」ってことをわかりやすい例で言うと、失恋した時にそれをテーマにした曲を繰り返し聴いている、っていう場合・・・。これは曲の歌詞etcが自分の気持ちを代弁してくれるので、受け止めてもらっている気がして落ち着くからなんじゃないかなぁ・・・。そして、その世界に浸りながら少しずつ心を整理していけるんだと思います。

 だから、落ち込んでいる時には無理して元気な曲を聴く必要は無いんだよね。自分が元気を取り戻せば自然にそういう曲を求めるようになるはず・・・。

 

 テンションを上げたい時、今ここで踏ん張る理由が欲しい時、満ち足りている時、やり場の無い怒りor哀しみをぶつけたい時etc、私たちは自分の気持ちを代弁してくれる曲を聴きたくなります。・・・そういう意味では、音楽というのは人生の様々な場面で私たちのそばに寄りそう大事な存在なのかもしれません。

 ある曲を聴くとその当時の記憶が鮮やかに蘇る、というのも、その曲と当時の自分の心が密接につながっていたからなんでしょうなぁ〜。

 

 

<余談>

 ふと思い出しましたが、私は「どこかで春が」(確かそういう曲名だったような・・・)という歌を聴くと、何となく悲しい気持ちになるのだ・・・。具体的な記憶は無いけれど、その感情だけが残っているようです。・・・音楽にはそういうものもあるねぇ〜。

 この曲と私の「悲しさ」がつながっているのは確かだけど、記憶がロックされているのかor単に忘却したのかその理由はわからん・・・、おもしろいもんだねぇ〜。

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冬の準備

 明日から11月ですね。・・・できれば、平成時代の10月最後の今日は爽やかに晴れ渡って欲しかったけど、雨が降ったり晴れ間が出たりと落ち着かない天気です。

 ・・・昨日のお天気みたいにならなきゃいいんだけど・・・。晴れ間が広がっていたかと思えば急に雨が降ったり、ドンヨリしていたかと思えば陽射しが出てきたり、でしたよね。まぁ考えようによっては、たった一日で様々なお天気バージョンを満喫できたお得な日!ってことになるけれど、洗濯物を外に干していいのか部屋干しにすべきか迷ったからねぇ〜。

 

 ところで、今年の秋はなんとなく例年よりも暖かい感じがしますが、11月に入れば、さすがに寒さがやって来るんでしょうなぁ〜。雪も降るだろうし・・・。雪が積もるようになったら、しばらくの時期は冬ごもりだな・・・。熊さんたちはいつ頃から冬眠するんでしょうねぇ〜。雪が融け始めて、ふきのとうが芽を出す春を、熊さんたちと一緒に待とうと思います。

 

 我が家の庭もまもなく長い休眠に入ります。そのための準備を休日の度に少しずつやっておる・・・。昨日は、野菜用のプランターを整理し、庭の枯れた草花を取り払い、土に栄養をあげました。いよいよ来週は春に向けてチューリップ等の球根たちを植えようと・・・。そして、最後は腐葉土で庭を覆って、庭仕事は終了になります。

 

 

<余談>

 そういえば、ミョウガ畑の整理もしなきゃなかった・・・。初めは「3本」だったミョウガは、今や直径1メートルを超えるまで領地を拡大したので、地下茎を整理しなければならんのだ。・・・これがけっこう体力の要る作業なんです。

 

 

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